審査を終えて 河合哲夫竹中工務店 「家」を取り巻く様々な概念が激変している。夫婦と子供という「核家族世帯」は、50年前は大勢を占めていたが、現在は「単独世帯」がそれを上回っている。ジェンダーの概念も大きく変わり、血縁関係によらない「家族」も珍しくなくなった。こうした環境で建築を学び始めた若い世代が、どのような住宅像を描いてくれるのかを楽しみに審査をさせてもらった。 池田穂香さんの「NOOK」は、これを評価すべきか最後まで迷った作品である。いや、むしろ今でも迷っている。完成度は粗削りで決して高いとは言えない。それどころか建物の内外の境界さえ不確実である。設計の実務に携わるものにとっては苛立ちすら感じる。しかし彼女のプレゼンテーションと質疑応答からは、そうしたことは自覚した上で、それを受け容れてでも強度のある空間づくりを優先する一種の強さが伺えた。また、彼女が構想する空間的な仕掛けが生みだす行動や身体反応は、他のどの作品よりも多様でかつ具体的であった。建築とは、絶望的ともいえるほど現実的な存在である。彼女は、これからその現実的な課題に何度も直面することになるだろう。彼女の最優秀賞という評価には、もしかしたらそれを軽々と乗り越えてくれるのではないかという直感と期待が込められている。 森川明花さんの「移り行く家」は、増沢旬氏の「最小限住宅」と同じ3間×3間=9坪の平面を3分割して半階ずつずらしながら積み重ねる提案である。林間に設定された敷地の中で、窓から見える風景や外光の差し込み方、風の抜け方、気温などが場所ごとに異なるだろう。それも緩やかに微かに変化する=「移り行く」様が心地よい住空間を予感させる。肩の力を抜いて自然体の家づくりをしたように見せているが、多様で複雑に見える空間構成を単純な形式で生み出している技は優れている。 井上舞香さんの「土間から広がる食と生活」は、コロナ禍により自宅で過ごす時間が増え、昼食を家族と摂る機会が増えたことから着眼したという、住戸のダイニングとキッチンを集合住宅の住民相互の接点にしようという提案である。共用空間と連続する土間で仕上げられたダイニングとキッチンが、フルオープンのサッシで共用空間に接している。玄関扉を介して孤立した住戸が並ぶだけの無味乾燥な形式が繰り返し生産されるという、現代集合住宅における硬直した状況は、そこに具体的かつ現実的な空間的提案をすることがいかに難しいことかを物語っている。そこに挑んでくれたこと、しかも見事にコミュニケーションが活性化される豊かさを持つ集合住宅を描き出した点は高く評価したい。さらにそれ以外の個室空間や「ワークスペース」、「屋上菜園」などの共用空間をインタラクティブに関連付けられたなら、より提案の強度が増したと思う。 喜多村壮さんの「寄り会う人と人」は、「空室」と呼ぶ個室や各機能諸室をバラバラにして、それらを隣接する道路や河川とダイレクトに連続する外部空間でつなぐという、住宅全体を都市空間とシームレスに連続させてしまう提案である。ひとつの家を共有する「家族」の形式が拡大する現代において、この種の提案は現実味を持ちつつあるのかもしれない。同様の着眼点を持つ提案は他にも見られたが、彼の提案では芦原義信氏によるプロポーションの理論を引用しているだけあって、スケール感や造形力で一歩秀でるものがあった。 優秀賞には入らなかったが、上坂朋花さんの住戸の一部の機能を共用しあう集合住宅の提案、松川裕成さんによる1間モジュールのフレームだけを与えて、それを補助線として住民自らが空間をつくりながら生活する住宅の提案などは、可能性を感じるものがあった。 住まいを考えることとは、社会そのものから考えることだということを、再認識させてくれた審査であった。 平塚桂ぽむ企画 特別賞喜多村壮さんの「寄り会う人と人」は、大きな骨組みを軸に、多様な使い方を許容する、ゆるい空間をつくっている点に共感した。路地のモジュールを芦原義信の『街並みの美学』に求めながら、教条的な硬さがないのもよかった。「住宅」でありながら、固定的な用途や因習的な関係性に縛られず、また無理に開いて周囲とコミュニティを育もうという押し付けがましさも見られなかった。言葉選びも丁寧で良い。「コミュニティ」「つながり」といった近年の住宅設計界隈におけるバズワードを避け、「寄り会い」「気配」「関わり」といった言葉により、場に育まれる関係のあり方の固有性が表現されていた。部屋名を「寝室」等とせずに「空室」としている点も、居室に対し役割を固定しない配慮が感じられ、好ましく感じた。またメインパースがとても美しく、表現力の高さにもほれぼれした。 作品集 最優秀賞 作品テーマ NOOK 池田穂香 近畿大学 優秀賞 作品テーマ 移りゆく家 森川明花 神戸芸術工科大学 奨励賞 作品テーマ 土間から広がる食と生活 井上舞香 摂南大学 特別賞 作品テーマ 寄り会う人と人 喜多村壮 立命館大学 入賞 作品テーマ 個性を育むアートな家 西川尚希 大阪工業大学 入賞 作品テーマ 段だん団地 今村日花里 京都女子大学 入賞 作品テーマ 地域に住まう 破田野雄己 関西大学 入賞 作品テーマ 移ろい 千本瑞穂 立命館大学 入賞 作品テーマ 水トノ共生作法 饗庭優樹 立命館大学 入賞 作品テーマ 回廊でつくる森のさんぽ道 藤田萌花 大阪工業大学 入賞 作品テーマ 木組みに棲まう 松川裕成 大阪市立大学 入賞 作品テーマ 縁側で交わる職と住 須藤つかさ 滋賀県立大学 入賞 作品テーマ 溢れ出す暮らし混ざり合う日常 上坂朋花 大阪市立大学 入賞 作品テーマ 大樹に暮らす 岡本明莉 大阪工業大学 入賞 作品テーマ 新しい住空間と公共空間のかた 新谷朋也 近畿大学 入賞 作品テーマ 邂逅の森と家 亀山拓海 大阪工業大学 入賞・企業賞積水ハウス㈱ 作品テーマ 雛型を覆す雛 長央尚真 神戸大学 入賞・企業賞前川建設㈱ 作品テーマ アイマイモコなイエ 大竹 平 京都大学 企業賞㈱オカムラ 作品テーマ 壁間族 勝山奈央 大阪市立大学 企業賞関西電力㈱ 作品テーマ 余熱を利用したZero Energy House 水冷装置の活用 後藤和瑚 福井工業高等専門学校 企業賞㈱建築資料研究社 作品テーマ つどい、仰ぐ 多田和香南 関西学院大学 企業賞(一財)滋賀県建築住宅センター 作品テーマ まわる 富田真柚可 滋賀県立大学 企業賞㈱総合資格関西本部 作品テーマ 変わる動く 小林宥見佳 京都美術工芸大学 企業賞Daigasエナジー㈱ 作品テーマ 憩い、癒し、集う家 杉林直人 中央工学校OSAKA 企業賞大和リース㈱ 作品テーマ 息吹の宿る住宅 松村真衣 大阪市立大学 企業賞㈱吉住工務店 作品テーマ 活魂(IKIDAMA)の家 塩見拓人 京都大学 企業賞㈱山弘 作品テーマ Under the roof 安黒万里 武庫川女子大学
河合哲夫
竹中工務店
「家」を取り巻く様々な概念が激変している。夫婦と子供という「核家族世帯」は、50年前は大勢を占めていたが、現在は「単独世帯」がそれを上回っている。ジェンダーの概念も大きく変わり、血縁関係によらない「家族」も珍しくなくなった。こうした環境で建築を学び始めた若い世代が、どのような住宅像を描いてくれるのかを楽しみに審査をさせてもらった。
池田穂香さんの「NOOK」は、これを評価すべきか最後まで迷った作品である。いや、むしろ今でも迷っている。完成度は粗削りで決して高いとは言えない。それどころか建物の内外の境界さえ不確実である。設計の実務に携わるものにとっては苛立ちすら感じる。しかし彼女のプレゼンテーションと質疑応答からは、そうしたことは自覚した上で、それを受け容れてでも強度のある空間づくりを優先する一種の強さが伺えた。また、彼女が構想する空間的な仕掛けが生みだす行動や身体反応は、他のどの作品よりも多様でかつ具体的であった。建築とは、絶望的ともいえるほど現実的な存在である。彼女は、これからその現実的な課題に何度も直面することになるだろう。彼女の最優秀賞という評価には、もしかしたらそれを軽々と乗り越えてくれるのではないかという直感と期待が込められている。
森川明花さんの「移り行く家」は、増沢旬氏の「最小限住宅」と同じ3間×3間=9坪の平面を3分割して半階ずつずらしながら積み重ねる提案である。林間に設定された敷地の中で、窓から見える風景や外光の差し込み方、風の抜け方、気温などが場所ごとに異なるだろう。それも緩やかに微かに変化する=「移り行く」様が心地よい住空間を予感させる。肩の力を抜いて自然体の家づくりをしたように見せているが、多様で複雑に見える空間構成を単純な形式で生み出している技は優れている。
井上舞香さんの「土間から広がる食と生活」は、コロナ禍により自宅で過ごす時間が増え、昼食を家族と摂る機会が増えたことから着眼したという、住戸のダイニングとキッチンを集合住宅の住民相互の接点にしようという提案である。共用空間と連続する土間で仕上げられたダイニングとキッチンが、フルオープンのサッシで共用空間に接している。玄関扉を介して孤立した住戸が並ぶだけの無味乾燥な形式が繰り返し生産されるという、現代集合住宅における硬直した状況は、そこに具体的かつ現実的な空間的提案をすることがいかに難しいことかを物語っている。そこに挑んでくれたこと、しかも見事にコミュニケーションが活性化される豊かさを持つ集合住宅を描き出した点は高く評価したい。さらにそれ以外の個室空間や「ワークスペース」、「屋上菜園」などの共用空間をインタラクティブに関連付けられたなら、より提案の強度が増したと思う。
喜多村壮さんの「寄り会う人と人」は、「空室」と呼ぶ個室や各機能諸室をバラバラにして、それらを隣接する道路や河川とダイレクトに連続する外部空間でつなぐという、住宅全体を都市空間とシームレスに連続させてしまう提案である。ひとつの家を共有する「家族」の形式が拡大する現代において、この種の提案は現実味を持ちつつあるのかもしれない。同様の着眼点を持つ提案は他にも見られたが、彼の提案では芦原義信氏によるプロポーションの理論を引用しているだけあって、スケール感や造形力で一歩秀でるものがあった。
優秀賞には入らなかったが、上坂朋花さんの住戸の一部の機能を共用しあう集合住宅の提案、松川裕成さんによる1間モジュールのフレームだけを与えて、それを補助線として住民自らが空間をつくりながら生活する住宅の提案などは、可能性を感じるものがあった。
住まいを考えることとは、社会そのものから考えることだということを、再認識させてくれた審査であった。
平塚桂
ぽむ企画
特別賞喜多村壮さんの「寄り会う人と人」は、大きな骨組みを軸に、多様な使い方を許容する、ゆるい空間をつくっている点に共感した。路地のモジュールを芦原義信の『街並みの美学』に求めながら、教条的な硬さがないのもよかった。「住宅」でありながら、固定的な用途や因習的な関係性に縛られず、また無理に開いて周囲とコミュニティを育もうという押し付けがましさも見られなかった。言葉選びも丁寧で良い。「コミュニティ」「つながり」といった近年の住宅設計界隈におけるバズワードを避け、「寄り会い」「気配」「関わり」といった言葉により、場に育まれる関係のあり方の固有性が表現されていた。部屋名を「寝室」等とせずに「空室」としている点も、居室に対し役割を固定しない配慮が感じられ、好ましく感じた。またメインパースがとても美しく、表現力の高さにもほれぼれした。