審査を終えて

河合哲夫

河合哲夫

就寝や食事をはじめ、ひとの行動の中で住宅において行われないものはほとんどない。人生を通して住宅を体験しない人はほぼいない。いまさら言うまでもなく、世帯は社会の最も基本となる要素であり、住宅に全く影響を与えない社会的課題はほとんどないかもしれない。そういう意味で、建築に求められるあらゆる課題については、住宅を通して考え、提案することが可能である。今年も、建築の世界に踏み入れたばかりの若い世代が、どのような課題意識を持っていて、住宅を通してそれらをどう浮かび上がらせてくれるのかを楽しみに審査させて頂いた。
最優秀賞に選ばれた西本敦哉さんの「知らないことを知るということ」は、文化施設と集合住宅による複合機能を、立体的な格子状に統合し、交差空間を無数に生じさせようという、偶発的な出会いを空間の力でどう生み出すかという課題に挑むものである。複雑な空間構成をまとめあげた力量が見事。そしてそれによる造形的強度だけでなく、目的の異なる人たちの交差するアクティビティを重層的にデザインしているところが優れて魅力的である。
優秀賞の鷲尾圭さんによる「浸透する記憶」は、閉館されてしまった公共施設の活用という課題に取り組むもので、天文台を集合住宅にコンバージョンする提案である。既存の空間を読み取り、活かしながら、新たな要素を丁寧に付加することにより、コンバージョンでなければ生まれない多様な住空間の集合体を作り上げた。既存の空間の持つ個性に逆らうことなく応答したことが、体験してみたくなるような住空間の楽しさを醸し出した。
もうひとつの優秀賞に選ばれた上野祐花さんによる「ミチクサの家」は、古本屋を営む夫婦のための住宅と店舗の提案である。不規則に配置された壁で分けられた双方の機能は、平面的にも断面的にも複雑に絡み合っている。私的な生活と古本屋という職業と、ここを訪れる来客たちと、それら相互を明確な境界で隔てることなく暮らしていきたいと願うクライアントの気持ちが伝わってくるようだ。図面表現の細部においては、実務者としては気になる部分が散見されたが、それらまでもが独特な「緩さ」とでもいうような空気感を与えていて、そんなことを気にするこちらが野暮なのかとまで思わされて悔しい。この自由さを失うことなく、それでも信頼される技術者としての成長を期待したい。
奨励賞の勝山奈央さんによる「重ね暮らしの家」は、集合住宅における交流という課題に対して、16世帯のコーポラティブハウスを通して提案するもの。私的な住戸部分、共同利用する機能、地域の人とともに使う機能を丁寧に配置することで、無理のない適度なコミュニケーションを伴った共同生活の営みを予感させる。「内から/外から双方の視点で建築を見つめ、少しずつカタチを作って」いった(らしい)住戸の集合体は、風の通り道や周辺へ配慮したボリューム形成、屋根の掛け方が検討されており、読み込むと好感が湧いてきた。こうした設計への姿勢は、今後も大切にしてほしい。
その他、熊谷聖さんの「square」における、四畳半に限定したボリュームを繋げて住宅をつくるという空間構成のアイデア、LGBTsという今日的課題に挑んだ大坪橘平さんの「病めるときも、健やかなるときも」におけるプランニングのロジック(完全には理解できなったが惹かれるプレゼンテーションであった)など、興味深い提案が見られた。総じて何らかの点で「コミュニケーション」という課題に対してはたらきかける作品が大半であった。
新型コロナによるパンデミックや、国際紛争などをはじめ、現代社会の様々な課題が「コミュニケーション」の問題に関連していくことを思えば当然なのか。しかし、もっと多様なテーマに着眼し、住宅を通して考えていくことができれば、住宅設計課題の意義もより深まるかもしれないと思った。

阿曽芙実

阿曽芙実

今回で2回目の近畿学生住宅大賞となりました。私事ですが、前回は、出産直後が2次審査ということもあり、オンラインで審査に参加させていただいたので、この2回目、コロナ禍でありながらも、リアルの中で審査することができたことは、新鮮でした。
2回目となるこの賞に出された作品全体を見ると、コロナ禍であるが故の今までになかった、住宅に対する着目や、リアルに対する欲求というのが見受けられたと思います。また、そういったことが、互いに共感し合えるという状況というのが現社会に生まれていると思います。
最優秀賞の西本敦哉さんの「知らないものを知るということ」は、まさにこのコロナ禍にあって、共感されやすい仕組みだと思います。集合住宅で隣接する人と共有できる可能性があるシェアハウスのような提案は、コロナ前にもありました。しかし、これほど他者と出会うこと、しかも、大人数ではなく、ある小さなコミュニティがつくられる可能性についての欲求が、強い形式として表された建築が、最優秀賞を獲得したのは、今のこの社会が共通して感じている欲求をうまく捉えたからだと思います。建築は、長生きするものですから、このコロナでの体験が、今後、社会の中で、深く根付いていくものなのか、それとも一過性のものなのか、については、もし、この建物がリアルにできるとした場合、もっと議論すべき余地はあると思います。が、とても明快で、強く、ある意味バーチャルな未来的な匂いもしつつ、なぜか、ものすごくモダニズムの香りがする建築で、興味を惹かれました。
優秀賞の上野祐花さんの「ミチクサの家」は、壁の連続で起きる物語にとても親近感があります。行き止まりのない空間は、敷地が横や縦に増幅しても対応できそうで、さまざまな方向に伸びていきそうに思いました。ただ、壁の向きが繊細に変えられており、その違いについての意味づけが乏しいことや1階と2階の壁が連続していることに不自由を感じました。
優秀賞の鷲尾圭さんの「浸透する記憶」は、展望台のダイナミックな空間を住空間にリノベーションするというなんとも贅沢な提案で、そんな物件あったら、是非とも住んでみたいと思いました。また、意外にリアリティがあるのではないかと思っていて、そういった点にもとても惹かれました。
奨励賞の勝山奈央さんの「重ね暮らしの家」は、平面図ではそれほど面白いと思わないのに、なぜか、模型やパースからは、期待感が湧き上がってくるような提案でした。さらなるブラッシュアップを期待しています。
入賞された作品の中にも、とても興味深いものがたくさんありました。今後、皆さんの更なる活躍を期待しております。また、どこかで、建築の話をしましょう!

作品集

最優秀賞

作品テーマ
知らないことを知るということ

西本 敦哉

大阪芸術大学

優秀賞・企業賞株式会社建築資料研究社株式会社山弘

作品テーマ
浸透する記憶
-天文台から集合住宅のコンバージョン-

鷲尾 圭

大阪公立大学

優秀賞

作品テーマ
ミチクサの家

上野 祐花

近畿大学

奨励賞

作品テーマ
重ね暮らしの家
-日常の延長で生まれる交流-

勝山 奈央

大阪公立大学

入賞

作品テーマ
Takaku

川口 赳司

関西大学

入賞

作品テーマ
LOCO HOUSE

吉川 大空

滋賀県立大学

入賞・企業賞積水ハウス株式会社

作品テーマ
Kaleido

大竹 平

京都大学

入賞

作品テーマ
病めるときも、健やかなるときも

大坪 橘平

京都大学

入賞

作品テーマ
再生する骨骼

岡本 晃輔

滋賀県立大学

入賞

作品テーマ
ずれから始まる断面暮らし
~狭小敷地における居住空間の断面的豊かさの再考~

三宅 祥仁

大阪市立大学

入賞

作品テーマ
square

熊谷 聖

京都美術工芸大学

入賞

作品テーマ
ヒトノス

明石 実久

京都女子大学

入賞

作品テーマ
自然への回帰

王 博文

大阪工業大学

入賞

作品テーマ
都会から自然のある暮らし

青山 健生

大阪工業大学

入賞

作品テーマ
折曲屋がおりなす出会いと創造

北谷 心海

大阪工業大学

入賞

作品テーマ
庭と過ごす家

寺田 春芽

関西学院大学

企業賞関西電力株式会社

作品テーマ
地中熱と薪ストーブを活用した快適空調住宅

林 智央

福井工業高等専門学校

企業賞滋賀県建築住宅センター

作品テーマ
凸凹荘 1

吉川 大空

滋賀県立大学

企業賞株式会社総合資格関西本部株式会社吉住工務店

作品テーマ
水と共にある家

大久保 洋平

福井工業高等専門学校

企業賞大和リース株式会社

作品テーマ
ボックスカルバートと建築用コンテナを用いた公営住宅

宮田 凌誠

京都美術工芸大学

企業賞輝建設株式会社

作品テーマ
層の巣

吉野 未希子

京都芸術大学

企業賞前川建設株式会社

作品テーマ
うつろい

橋本 大輝

大阪工業大学

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