審査を終えて

阿曽芙実

阿曽 芙実
阿曽芙実築設計事務所

一次審査の資料が手元に届き、開けた瞬間、プレゼントをもらった気持ちになった。一人一人の思いや伝えたい気持ちが溢れていて、紙面から飛び出してきそうなもの、静かだけど淡々と語られたもの。さまざまな物語が綴られていた。今年の傾向としては、奇抜な形体主義的なものは少なく、考え方や仕組みを提案したものが多かったように思う。その分プレゼンテーションが優しく肩を落としながらも、表現として個性的なものが見受けられた。
「ゆりの木ハウス~新しい住居システム「セレクティブハウス」~」は集合住宅の集合することの意味を再考し、住宅の中でシェアできるものとできないものを利用者が選び取ることで様々に結びつく可能性のある提案だった。
特に共感したことは、一般的には、ある⼀つの家族のためのスペースの中で主に家族の増減に伴って求められるフレキシブルさを、集合住宅に暮らす全家族の中で、フレキシブルに増減させることができることだった。そこに住まういくつかの家族を大家族として捉えた時、家族の形態すら自由に解けそうな大らかさのある計画が、これからの集合する住宅にあっても良さそうだ。短い時間で聞けなかった構想がたくさんありそうだが、提案された仕組みならではの、建築空間の魅力を生み出すことができれば、なお秀でていたと思う。
「cliff_house」は1枚の用紙の中に、絵画のように図面とスケッチがレイアウトされていて、言葉は少ないがその絵のタッチから見る側の想像力を掻き立てるものになっていた。敷地の想定が町の街区を掘り込んだことから始まっており、地上に立ち上がる建築ではなく、掘り下げることでできる環境や景色が着眼点として興味を持った。ただ、掘り込むこと自体を建築行為として考えることで、他にもまだ可能性がありそうに思えた。建物の密度や建ち方、関係性や掘り下げたその先のことなどの楽しい想定がもっとあってもよかったと思う。「うつろいの映写機」は自身の祖父母の家が解体された時の思いや記憶を手がかりに、新しい建物での日常的なシーンを窓枠のような開口で切り取ることで、何気ない日常の記憶がより鮮明になる仕掛けを散りばめた計画になっていた。この建築がシェアハウスということが、同じ窓枠で切り取られた景色が時間という軸を超えて、さまざまな人のレイヤーで重なり合う気がして、ロマンチックで興味深く感じた。また、選ばれた作品の中では、しっかりと建築設計されていたことも評価される。
そのほかの入賞者の作品もどれも興味深くさまざまな可能性を秘めたものになっていた。
これからの住むこと、暮らすことが、学生たちの目線でどんな風に見えているか、垣間見れる貴重な経験だった。

河合哲夫

河合 哲夫
株式会社竹中工務店

少子高齢化、人口減少とそれに伴う空き家住戸の増加。気候変動と自然災害による被害。世界情勢の混迷と建設資材の高騰。建設労働力の縮小と働き方の見直し。家族像の変化と住戸形式のミスマッチ、、、。住宅を取り巻く課題はますます多様化、複雑化している。本賞はそれぞれの大学等における住宅設計課題の作品を競い合うという性質もあり、それぞれ様々な問題提起を読み取ることになる。
最優秀賞に選ばれたのは、増本唯衣さんの「ゆりの木ハウス~新しい住居システム「セレクティブハウス」~」。住宅の機能のうち私的に専用する機能と住民間で共用する機能、その中間的機能とを個々の住民が選択できるようにすることによって、多様化する家族形態やライフスタイルの変化に対応する集合住宅の提案である。住民同士が協力してプランを変容させながら住み続けることによりコミュニティを醸成する仕組みも考案している。提供される住宅形式が家族像とずれてしまっている現代住宅の課題に取り組んだものである。優劣の差がほとんどない最終選考作品の中で、審査員の一人を入居希望者役に指名し、入居相談を行い見積もりまで提示するというユニークなプレゼンテーションも成功したことで頭一つ抜け出す結果となった。
優秀賞の坂本紘都さんによる「cliff_house」は、ひと際印象に残った作品であった。街区を丸ごと掘り込んでできた窪地に住宅を架橋するように配置することで集合住宅を構築する。この場所の大地とのみ向き合う、ここにしかない住環境をありふれた街区の中に作り出す。羊羹型のステレオタイプな住棟形式ばかりが生産され続ける現代集合住宅に対する問題提起とも受け取れる。ファンタジックな世界観を貫いたところが力強い魅力を生み出した。
もう一つの優秀賞は、岡村悠登さんの「うつろいの映写機」。住宅における様々な営みのシーンを切り取る額縁のような開口を住宅に配置していく。その配置の仕方を手掛かりにシェアハウスをプランニングするという独特な提案である。画一的な単身者向け集合形式では極めて希薄な生活の営みが、この住宅であれば共有する記憶として重なり続けるだろう。そうした環境は、このような集合形式を選択する人には心地よいのではないだろうか。近年拡大する新しい「家族」に相応しい住空間を予感させる。
奨励賞の高田颯斗さん「解放シテ、開放セヨ -都市に集まってくらす居心地」は、増本さんと同じく多様化する住まい方に対して住宅形式がミスマッチとなっている現状に対して、住宅機能を分解して再構成する案である。室と室の間の作り込みがよく考えられていた。
田中碧乃さん「Into the cave-光と人が集まる空間」は、ドライフラワー作家夫婦のための住宅兼仕事場で、ワークショップに集まる人と夫婦の生活が生き生きとしそうな空間造形である。しかしながら、地上と地下の造形をもっと関連付けできればよりよかったと思う。
原田成己さん「屋根の暮らしの屋根」は、「屋根」という建築の要素を床や壁としての役割に拡大させながら住宅を形作ろうという提案。しかし、そのアイデアが一部の構成要素に留まっている点が惜しかった。そのアイデアで全体を包括できれば、新しい空間構造を生み出せるかもしれない。
市川葉子さん「駐車上の家」は、レンタルパーキング上空に浮かぶ住宅という構成とその模型写真が強烈な存在感を放っていた。作品とプレゼンテーションで表現されてはいなかったが、現代都市景観に対するアイロニカルな問題提起にも見えた。
本賞が、それぞれの大学等の中だけでは拡がり難い、多様な問題意識や表現に触れる場になっているのではないか。それがさらに夫々の気付きにつながってくれればと審査を通じて思った。

白須 寛規

白須 寛規
design SU 建築設計事務所

今年の「近畿学生住宅大賞」は第4回を迎え、これまでの入賞作品のアーカイブが充実してきました。学生たちは過去の作品を参考にできる環境にあり、その影響もあってか、プレゼンテーションの質が全体的に向上していると感じました。ただし、単にプレゼンが上手なだけでは目に留まることは難しく、より深い内容が求められる場となっていました。
また、CGではなく手描きの表現が多く見られたのも印象的でした。「暮らし」を表現するうえで、具体的なイメージを掘り下げるために自然と選ばれた方法だったのかもしれません。手を動かしながら考えるプロセスが、作品に深みと力強さをもたらしていたように思います。
審査では、「暮らし」をどのように考え、設計に落とし込めているかが重要な視点でした。学生の皆さんには、これからもたくさん手を動かし、自分の考えを深めるプロセスを大切にしてほしいと願っています。

作品集

最優秀賞

作品テーマ
ゆりの木ハウス
~新しい住居システム「セレクティブハウス」~

増本唯衣

明石工業高等専門学校

優秀賞

作品テーマ
cliff_house

坂本紘都

近畿大学

優秀賞

作品テーマ
うつろいの映写機

岡村悠登

摂南大学

奨励賞

作品テーマ
解放シテ、開放セヨ
-都市に集まってくらす居心地-

高田颯斗

大阪工業技術専門学校

奨励賞

作品テーマ
Intothecave
-光と人が集まる空間-

田中碧乃

近畿大学

奨励賞

作品テーマ
屋根の暮らしの屋根

原田成己

近畿大学

奨励賞

作品テーマ
駐車上の家

市川葉子

京都府立大学

入賞・企業賞株式会社吉住工務店

作品テーマ
森へ還そう

夏尚

京都精華大学

入賞・企業賞大和リース株式会社

作品テーマ
愛が巡る家

守田梨乃

近畿大学

入賞・企業賞積水ハウス株式会社

作品テーマ
ReHistoire

安達志織

京都大学

入賞

作品テーマ
ねこと夫婦の生活
~町へのアプローチ~

辻 遥佳

京都美術工芸大学

入賞

作品テーマ
Core…積み上げてできていく豊かさ

早坂樹莉亜

神戸芸術工科大学

企業賞建築資料研究社/日建学院梅田校
株式会社山弘

作品テーマ
庭と共に生きる家

内川璃乃

大阪公立大学

企業賞株式会社総合資格関西本部

作品テーマ
空間を共有する暮らし

上野山亜希

武庫川女子大学

企業賞輝建設株式会社

作品テーマ
賑わい、溢れる
―家族がつながる新しい住まい―

吉田美来

畿央大学

企業賞吉田製材株式会社

作品テーマ
誰かの記憶

谷川虎雅

大阪芸術大学

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